Masuk短編ドラマの初回放送日、怜奈は一人で本放送を見た。三人から一緒に見ようと連絡が来たが、すべて断った。
「なんで?」
神崎が電話で聞いた。
「自分の演技は、一人で見たいんです」
――あとでからかってやろうと思ったのに。
「それは明日にしてください」
テレビの画面に、看護師の佐倉由衣が初めて登場した。
台詞は二行。怜奈は自分の顔より先に、手を見た。
検査結果を渡すタイミングが、少し早い。二つ目の場面。
手首をつかまれる救急外来のシーンは、思ったより自然だった。
三つ目。七回NGを出した場面。
「記録します」
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短編ドラマの初回放送日、怜奈は一人で本放送を見た。三人から一緒に見ようと連絡が来たが、すべて断った。「なんで?」神崎が電話で聞いた。「自分の演技は、一人で見たいんです」――あとでからかってやろうと思ったのに。「それは明日にしてください」テレビの画面に、看護師の佐倉由衣が初めて登場した。台詞は二行。怜奈は自分の顔より先に、手を見た。検査結果を渡すタイミングが、少し早い。二つ目の場面。手首をつかまれる救急外来のシーンは、思ったより自然だった。三つ目。七回NGを出した場面。「記録します」ペンのキャップが一度空振りし、二度目で閉まった。怜奈は、知らず息を止めていた。よかった。自分がきれいに映っていたからではない。一瞬、佐倉由衣という人が見えた。***放送後、スマートフォンの通知が一気に増えた。最初に気づいたのは、番組のファンだった。【一ノ瀬怜奈、思ったより演技うまい】【あの看護師、恋リアのかき回し役だよね?】【番組のイメージと全然違う】もちろん、逆の声もあった。【普通でしょ】【話題性での起用っぽい】怜奈は、どちらも保存しなかった。監督からメッセージが来た。【初回、よかったです
最終回は1週間後に放送された。予想どおり、反応は分かれた。【史上最大のキープエンド】【正直で、むしろ好き】【三人とも会い続けるって、どういうこと?】【なんで絶対に番組でカップルにならなきゃいけないの?】怜奈は20件ほど読んで、コメント欄を閉じた。以前より早かった。「もう見ないんですか?」黒崎が聞いた。「見ても、変えられることはないので」「成長しましたね」「先輩のおかげ、とは言いませんよ」「寂しいな」***問題は記事だった。一部の媒体は、怜奈の発言を『三人の男性との同時交際を宣言』と見出しにした。事実とは違う。まだ、誰とも正式に交際を始めていなかった。怜奈は自分のSNSに、短く書いた。【番組終了後も三人の方と連絡を取り、お互いを知っていきたいとお話ししました。現時点で、同時交際を宣言した事実はありません。関係は、当事者同士で合意することだと考えています】制作会社も、最終回の発言をそのまま収めた動画を公開した。いくつかの媒体は見出しを直した。そのままの媒体もあった。怜奈は弁護士と相談し、明らかな誤報だけに訂正を求め、意見に当たる見出しには手を出さなかった。あらゆる誤解をなくそうとして、人生を使い果たすわけにはいかない。***番組終了後、四人は宿舎を出た。それ
『ラブアイランドVIP』、最後の収録日。共有リビングには、いつもより多くのカメラがあった。総合プロデューサーの長谷川健介が、最終回の進行を担当した。田代修一は、とうとう現場に戻れなかった。内部調査の結果が出るまで、ほかの番組の演出も保留になっていた。出演者には、一人ずつ黒い封筒が渡された。怜奈の手には、白紙のカードがあった。【番組終了後、最も会い続けたい人、一名】彼女は最後まで、一人の名前を書かなかった。代わりにカードを折り、封筒に入れた。***最終選択は、屋外のテラスで行われた。藤崎彩花は、ほかの男性出演者を選ばなかった。「番組が終わったら、しばらく一人で過ごそうと思います」意外なほど、淡々としていた。神崎の番。「一ノ瀬怜奈」理由は短かった。「会い続けたいから」桐生も、一ノ瀬怜奈と書いていた。「結論を出すには、まだ情報が足りません」進行役が笑った。「それは、ロマンチックな言葉なんですか?」「私にとっては」黒崎も、同じ名前だった。「俳優としても、一人の人としても、もっと会いたいです」最後が怜奈だった。封筒を開いた。カードに、名前はなかった。現場の空気が止まった。長谷川が尋ねた。
最終回の2日前、相沢側が、実際に出演禁止の仮処分を申し立てた。裁判所からの通知より早く、記事で広まった。【一ノ瀬怜奈の元所属事務所、番組・ドラマ出演禁止の仮処分を申し立て】怜奈は見出しを見て、まず弁護士に電話した。「記事が出ました」――こちらも申立書を確認中です。決定が出たわけではありません。「ドラマの撮影は?」――制作会社に説明します。裁判所が別途決定するまでは、自動的に止まるものではありません。怜奈は、その言葉をそのまま書き留めた。決定前。自動的な中止ではない。確認中。今は、こんな言葉が心を支えてくれた。***番組の制作会社も緊急会議を開いた。「最終回の収録は、予定どおり行います」担当プロデューサーが言った。「ただし、収録前に裁判所の決定が出れば、再検討が必要です」怜奈はうなずいた。神崎は怒りを押し殺す代わりに、ランニングマシンを三十分長く走った。桐生は、仮処分の要件をネットで検索しないように言った。「どうしてですか?」「事件ごとに違います。弁護士が申立書を読んで判断すべきです」黒崎は、ドラマの制作会社に連絡しなかった。「どうして何もしないんですか?」怜奈が冗談めかして聞くと、彼は言った。「あなたの制作チー
番組の最終回まで、あと5日。制作側は最後の個別インタビューを始めた。質問は、予想どおりだった。「今、一番心が惹かれるのは、どなたですか?」怜奈はカメラの前で、長いこと考えた。「一人とは、言いにくいです」進行担当の作家が、もう一度聞いた。「でも、最後のカードには一人書かないといけません」「わかってます」「では、今の時点ででも」怜奈は首を横に振った。「番組のために、先に決めたくはありません」作家は、それ以上押さなかった。インタビューを終え、怜奈はリビングへ出た。三人とも、自分の順番を待っていた。神崎はすでに答えを決めた顔だった。黒崎は台本を見ていたが、一枚もめくらなかった。桐生はタブレットの画面を消したり、つけたりしていた。誰も、平気には見えなかった。***その夜、撮影が終わってから、四人は初めて一緒に関係について話した。怜奈が切り出した。「最終回の前に、話しておいたほうがいいと思って」神崎がソファの背にもたれた。「俺からでいい?」「はい」「今でも、俺だけでお前を好きでいたい」正直だった。「でも、お前がほかの二人も好きだからって
短編ドラマの撮影3日目、怜奈は初めて七回のNGを出した。問題は、涙ではなかった。泣いてはいけない場面で、声が震えてしまう。佐倉由衣が患者の家族を見送り、一人で看護記録を整理する短い場面。台詞も一行だけだった。「記録します」ところが、カメラが近づくと悠真が浮かんだ。「カット」監督が撮り直した。三回目。「カット」五回目。指先まで硬くなった。「十分、休みましょう」監督が言った。怜奈はセットの隅へ行き、水を飲んだ。――どうして、できないの。オーディションではできた。本読みも悪くなかった。なのに本番でカメラが目の前まで来ると、自分の記憶が場面をのみ込んでしまった。スマートフォンを持ち上げ、下ろした。黒崎に電話したかった。けれど、今は自分の現場だ。まず、自分でやってみたかった。***怜奈は台本を読み返さなかった。代わりに、セットに置かれた看護記録の用紙を見た。佐倉由衣は、泣くことのできない人だ。次の患者が待っているから。実際の病院で見た看護師たちを思い出した。悠真の手術後、家族に説明してくれた看護師も、自分が泣いていても次の病室へ向かった。――悲しくないんじゃない。まだ、やることがあるんだ。